形成外科と美容外科のキャズム

形成外科と美容外科の間には、キャズムが横たわっている。

私自身は形成外科をベースとする医学教育を受けてきたが、美容医療をスタートさせた当初感じた違和感とでもいうべきものが、このキャズムであったことを今となってはよく理解できる。
そもそも美容外科におけるアプローチ、スキル、知識は、形成外科で行っていることとさほど大きな違いはない。(もちろん多少の違いはある。それが美容外科との違いという意見も知っているが、両方で仕事をしてきた私の感覚では、ほとんどない)
では形成外科と美容外科とを決定的に分けているものが何かというと、保険診療か自費診療かということであり、そして保険制度の下での仕事が外科医にもたらす思考や行動原理が、日本における形成外科と美容外科のキャズムであると考えている。
キャズムは、次の3つになる。どちらがよい、悪いということではないことを、あらかじめ断っておく。
アウトカムの考え方
病気であれば、まず治癒、もしくは軽快ということがアウトカムとして1番に求められる。これは揺るがないことであるし、だからこそ治療費というコストについて医師、患者が多くを考えなくてもよいように、保険システムが構築されている。
一方、美容外科で扱う疾患は、もちろん致死の病でもなく緊急性もないため、治療のアウトカムについては、症状の軽快改善だけでなくその持続期間、係るコスト、ダウンタイム、リスクなどが同列に評価され、そのバランスからアウトカムを患者が決定することになる。フェイスリフトは長持ちするから良い治療で、スレッドリフトは効果の持続が短いからよくない治療、といった単純な評価軸ではない。
この多面的な評価軸に基づく治療アウトカムの考え方が、保険診療のみを継続していると育ちにくい感覚で、美容医療に関わる際に、まず最初に違和感を感じる事象になる。
これは医師の教育にあたる大学病院の影響もある。患者の問題解決が医療の本質であるが、大学においては術式の開発や基礎研究に注力する傾向にあり、そこでのアウトカムはどうしても単一の評価軸に基づいた、いわゆる医学的なものになりやすい。
医療行為の契約性
美容医療では、施術は予想される結果などを要項として、患者と契約を結ぶ形になる。それゆえ治療者も患者も、契約内容には敏感になる。
美容外科の患者は細かい要求が多く好きになれない、という話を時々耳にするが、患者側のこうした行為は、契約内容の確認と考えれば当然であり、これをうるさい面倒な患者というのとは、お門違いというものだろう。
治療者側も、要求を受け入れられないと思えば契約を変更、あるいは結ばなければよいのであって、対等な権利がある。もっとも契約が取れないと仕事にならないし、自分の出せる結果について客観的かつ正確に把握しておかなくては、契約不履行ということにもなりかねないから、立場が良いというわけでもない。
一方保険では、契約という概念が介入しない。「よろしくお願い致します」という言葉に対し、「最大限努力します。リスクはこれくらいあります」とインフォームドコンセントを行って、治療が始まる。細かいことをいう患者はそれほど多くないし、言って嫌われたくないとも考える。
医師の側も、応招義務により治療を断ることができないということが、保険診療が契約でない面を如実に物語っている。
医療サービスの生産性
美容医療はビジネスとしての側面があり、医師の生産性は重要な要素になる。外科医で言えば、外来業務における患者の成約率や手術の早さ、合併症の少なさなどである。もちろん医師もそれを意識しており、スキルアップに関しての情報には敏感だし、自己投資も惜しまない。
一方、保険では、生産性を考える機会は少ない。給与制の勤務医においては、特にその傾向が強い。保険医療の現場では、治療と同時にon the job training も担っているため仕方ないが、手術が遅い、ていねいにかこつける、使用材料とその効果に無頓着、事務的仕事を医師が行うといった面もある。
さらには、正常化(Normalization)と安全性(Safety) をエクスキューズに結果の質を上げる努力に乏しかったり、自身のスキルについて患者や他の医師に評価される機会が少なく、相対的な自己評価が高いといった傾向も一部にみられる。

 

これから美容医療を始めようとする形成外科医は、こういった側面をよく理解しておくとよい。ただし、美容医療といえども、本質はサイエンスと倫理をベースとしたサービスであることは揺るがない。