わたしの美容外科修練 その4

週1日 定期的に行ってたクリニックは いわゆる大手チェーンクリニックだったんだけど そこのある同系列のクリニックから 月に1〜2回手伝いに来て欲しいというお誘いがかかった

美容外科がおもしろくなってきてたところだったので 二つ返事で 行きます と答えた

 

そこの院長は 形成外科のバックグラウンドを持たない先生だったけど いわゆる美容外科らしい考えでアプローチされてて それがとても新鮮だった

 

え〜〜 こんなんでも 患者さんが満足するんだーー

 

それまで私は だれがみても あきらかに結果が出ているのが 正しくて なんかビミョーなよくわかんない仕上がりなのは ダメでしょう と思っていた

しかし 美容医療はそうではない 

患者さんが納得することが正しくて 不満は だめ

そして その評価軸が 1.結果 2.リスク 3.ダウンタイム 4.コスト のバランスで決まることも 知った

 

ありがたいことに そこでも 患者さんへの術式の選択から なにから何まで 私の自由にさせてくれたので いろんなことをさせてもらった

設備を整えて骨の手術もやったし もちろん目も鼻も

 

このころから 3つのクリニックを掛け持ちすることになって 週のうち形成外科4日 美容外科2.5日くらいになってたと思う

 

2003年には 以前から交流のあった 名古屋大学の福田慶三先生と 美容塾という勉強会を始めた(福田先生との出会いは 1996年ころ 詳しくはまたどこかで)

そこで 多くのドクターと知り合うことができて そこからも いろいろとオファーをもらうことになった

 

結局 2000年からはじめた美容外科の仕事が 5年後には5つのクリニックを掛け持ちすることになっていた

このころは 休みは月に1〜2日くらいだったし

ひどいときは 大学勤務が終わってから移動して 20時から24時までオペしてた  もちろん翌日も朝から大学でオペとかだったから 今から思うとずいぶんと元気だったんだなぁと 思う

チャレンジングなオペをやって うまくいったり トラブルを経験したりして 外科医としては成長できたころでした 

 

 

 

わたしの美容外科修練 その3

しばらくは 栃木の大学病院で勤務する傍ら 週1日だけ美容診療をする という状態が続いていた

 

あるとき 医局のなにかの集まりのときに リッツ美容外科の廣比先生から 声を掛けられた

「先生 内視鏡のブローリフト 教えてくれませんか」

内視鏡のブローリフトは 当時 アメリカで流行り始めていた新しい手術手技で 私はそれを顔面神経麻痺の治療に応用できないかな と思って ちょうど1年ほど前に ボルチモアで行われた解剖コースに参加した後 大学病院で数十例に行い始めていたときだった

 

「え・・・うん いや もちろんいいけど・・ボクなんかでいいの?」

 

廣比先生は 少しだけ医局の後輩になるが 早い段階で美容外科のトレーニングを始めていて 少し前に高級路線の美容医療を掲げて開業したばかりだった

なぜ ちょっと躊躇したかっていうと 当時 アンアンとかに広告を4ページぶち抜きで出せるくらいの勢いのあるクリニックを立ち上げた 新進気鋭の若手美容外科医のスターだったからだ

 

「ぜひ! お願いします!」

といわれて あ・・は・・はい・・ と答えてしまった

 

そうして リッツでアンチエイジングのブローリフトを始めたんだけど 大学病院でさんざんやっていたから そのまま同じことをやるだけだったので 気は楽だった


もちろん 高価格設定の施術費にはちょっとびびってたのはあるけどね・・

 

あと いわゆる顎変形症手術 ルフォーとか上顎の分節セットバックとかも それなりに大学でやっていたので 手術のかたわらにやり方のコツとかを話してた

廣比先生からは エラ削りや目や鼻とか いろんなオペを見せてもらって教わった

 

このころから 週末にも美容外科を始めたので 形成外科4日 美容外科2日 ってかんじになってたと思う

 

それにしても 形成外科でやってた仕事が まんま美容外科で価値を生むとは 思ってもみなかったんだよ

 

わたしの美容外科修練 その2

美容外科をはじめて1年くらい経ったときから いわゆる美容外科らしいものを やり始めた

まずは フェイスリフトだ

 

どうしてかっていうと フェイスリフトの基本的な手技は 保険診療でやってたから

 

8年ほど東大の形成外科にいた際に 顔面神経麻痺の治療(筋肉移植 神経移植吻合など)を たくさん担当させてもらったおかげで フェイスリフトのアプローチは どおってことなかった

耳下腺腫瘍で 浅葉切除とかも経験済みだったので 神経の位置や 剥離の深さなどもわかっている 

だから SMASの挙上は 怖くない

 

もちろん SMASの固定や 皮膚のトリミングなど フェイスリフトに特有な手順もあるけど そこはいろんな文献や教科書から学べばよかった

 

当時 日本語で書かれたよい資料は限られていたから 英語の資料をあたることになるんだけど そんなに苦じゃなかった

 

それは 形成外科医として  大学医局に長くいたおかげだった

 

英語論文の抄読会(読み合わせ)は 大学の医局行事として一般的で よく催されている

若い医局員が順番に 主だったジャーナルの最新論文を読んで まとめを解説するというものだ

 

研修医のころ 英語が苦手な私には ほんとに苦痛の行事だった

わからない単語だらけで いちいち辞書を引いていかないと 進まない  1日の業務が済んでからやるので 1ページも進まないうちに 飽きて眠くなる

だから 1つの論文を読むのに 数日かかる

 

それから 年に1〜2本の論文を書かされるんだけど(いや もちろん指導なんだけどさ・・) そこでも 海外の論文をたくさん読んで 引用しなくてはならない

 

ただ こうした環境のおかげで 数年後には 英語論文を読むことがぜんぜん苦痛でなくなっていたんだ

だからこそ 数多くの しかも新しい情報を 自力で収集することができたのだと思う

 

そんな感じで フェイスリフトに始まり 眼瞼下垂からの切開重瞼 subcilliary approachから下眼瞼たるみ取り など 少しずつレパートリーを増やしていった

 

ーおまけー

私みたいに 自分はナマケモノだなぁ〜 と思う人は ガッツリ追い込んでくれるような環境(ライザップみたいな?)に身を置くのは いいかもです

 

 

わたしの美容外科修練 その1

「センセーは どうやって美容外科のトレーニングをしたのですか?」

このところよく聞かれる

「う〜〜ん どうだったっけ・・あっちこっち いろいろ いったもんなー」

 

そんなわけで わたしのこれまでの美容外科修練について まとめてみますね

だんだんと記憶から抜け落ちつつあるし・・・

 

わたしが本格的に美容外科を始めたのは 40歳のときからだ

医局の後輩が美容外科で開業していて 先生 興味ありますか と声をかけてくれた

まったくの初心者なんだけど 大丈夫? と聞くと

大丈夫ですよー と 笑って誘い入れてくれた

 

実際のところ ぜんぜん大丈夫じゃなかった・・・

形成外科で15年ほどやってきてたので それなりの外科の技術は身についてはいたが なんというか 自費診療 というプレッシャーがすごかった

 

通常の医療は ほとんどが保険診療になるので 自分の治療がいかほどのものか 意識することは少ない 

それに どんなに高額の治療であっても 自身の給与が変わるわけでもなく いわば 合併症少なく安全な施術を心掛ける というのが基本的なスタンスである

 

それにくらべて美容外科では ○○の施術**円 と いわゆる契約の形態だ

 

実際のところ 世間のやり取りのほとんどは 契約で どうってことない常識なんだけど 医療界で仕事をしてると ほんと疎くなる

このことの功罪は一言ではいえないけど まあ 医者がコスト意識に乏しいのは まちがいない

だから 契約みたいな仕事には ドギマギした

 

そんなかんじでスタートした美容外科修練

 

重瞼なんか 糸入れるだけなのに 30分くらいかかってたし 幅が狭いってんで 翌日かけ直しさせてもらったりで ほんと 形成外科とは ずいぶんちがうな〜 っと思った

 

半年ほど 埋没重瞼やら鼻プロテーゼやら レーザーやら やってるうちになんとか慣れて それから少しずつオペの幅を広げていった

 

 

 

Core2

もう8年近く働いてくれた ストライカーのCore

ハンドピースを新調したのにあわせて Core2へ

 

比べてみると なかなかの面構え 

ハンサムですわ

ストライカー コアCore2

 

LEDとかのインディケーターが うつくしい〜

 

聞くと 国内導入第1号機とのこと

ちょっとだけ えへっっ って気分

 

使い心地はというと 

えーー 

基本 なんにも変わりません・・・

(UIは かなり よくなったけど)

 

でもね オペの時の気分は アガるぜ!

 

 

美容外科をする形成外科医

このところ 美容外科も ずいぶんと世に受けいられるようになったなぁ〜 と つくづく思う

アタシが医者になったころは 人の命に関わる仕事が尊くて それ以外は ちょっと格下 

ましてや美容外科なんて 顔や体のカタチをいじくるちょっと○○な方々のお助けを しかも高額な治療費で請け負うキワモノ医療 といった雰囲気だった

 

実際のところ私自身も 医師になって5年目までは しっかりそう思ってました・・

美容外科ってなぁ〜 ちょっと怪しいよなぁー って

 

この意識を変えてくれたのが 2回の海外留学経験だ


まず あれっ そうじゃないのかな・・と思ったのが 骨切りの勉強に行った台湾留学のとき

 

高名なクラニオフェイシャル・サージャンの 陳先生が 淡々と美容のオペをしてたんだ

ちょっとびっくり というか 

正直に言うと かなり残念な気持ちになったのを覚えている

 

えーーなんで美容のオペ「なんか」してるんだろー 

やる必要なんてないし やらない方が イメージがいいのに・・

 

どうして美容外科をするんですか? という 私のかなりな愚問に

「ぼくらがさ いい美容医療をみんなに届けなきゃ いけないって思うんだよ」

と スーパー・ジェントルマンの返事がかえってきた

当時30歳にもかかわらず アタマかちかちでお子様のアタシには 意味不明だったけど 陳先生の言っていることは その後もずっと引っ掛かっていた

 

その次が スウェーデンに留学したとき

やはり口唇裂を専門とする高名なLilja先生が フェイスリフトや豊胸を 粛々としていたんだ

 

私のおなじ愚問に

「ボクのやりたいボランティア活動を 継続してやっていくためだよー」

(彼は年間のうち6週ほど 開発途上国でのボランティアをしていた)

と これまたスーパー・ジェントルマン然でさらっと答えてくれた

 

このとき ようやく形成外科医が美容医療をすることの理由が わかった


みんな オトナだ・・・

オトナの仕事師 プロフェッショナルだ と思った

プロフェッショナルであるためには そうすべきだ とも思った

(齢すでに40歳・・遅すぎ・・はずかしい・・)

 

それから帰国してすぐに 美容外科を始めた

 

で・・今のアタシなら あの愚問に どう答えるかな・・

「カッコイイ先生が みんなやってたから・・・マネしただけ・・」

 

あいかわらず 子どもかっ!

 

コーンビームCT

CTは すごい診断機器だ

革命的な発明だとおもう

 

クリニックを始めたときから 普通のレントゲン装置は あったんだけど

やっぱり CTには かなわない

 

どうしても必要なときには 近所の画像センターに頼んでいたけど

やっぱり 自分のところで撮りたい ってことで

コーンビームCTを導入して 3年近くなる

 

KAVO CT

奮発して Kavo社のにしたけど

こいつには ほんとに世話になってる

 

 

で・・・

なんと・・・

2010年から 欲していたことが判明!

 

craniofacial.hatenablog.jp

言うと 叶うのか!

なら 言うぞ!

 

***が 欲しいぞ!